|インド仏教史|仏教入門講座
インド仏教史8
部派仏教
- 2014年3月4日
 アビダルマ仏教ともいいます。釈迦が入滅してから百年後、仏教を庇護したことでも知られるインド大陸をほぼ統一したマウリア王朝のアショーカ王(前三世紀)の時代に、仏教教団は上座部と大衆部に分かれました。これを根本分裂と呼びます。原因は戒律や教理の解釈の対立であるといわれますが、くわしいことは分かっていません。ただ、アショーカ王は当時ペルシャ文化圏であったガンダーラをその領土に加えたため、ゾロアスター教やギリシャ哲学など西方の宗教や哲学がインドにもたらされ、バラモン教や六師外道と思想的に対峙していた仏教に様々な影響が及んでいったことが想像されます。これ以降分派が繰り返され、上座部が十一部派に大衆部が九部派に分かれます。これを部派仏教といいます。代表的な部派には以下のものがあります。

1、説一切有部


 上座部から分派した部派仏教最大の勢力をもった一派です。釈迦の教説を解釈する過程で、膨大なアビダルマ哲学を完成させました。しかし、その教義は釈迦の教えから逸脱したものであるとして、他の部派や後に興る大乗仏教から批判されることになります。大乗仏教から小乗仏教として批判されたのは、この説一切有部であると思われます。ただし、その細かな分析は大乗仏教の唯識派によって取り入れられ、日本の仏教にも大きな影響を与えています。その主な教えは以下の通りです。

 
1)三世実有説

世界を構成する基本要素として七十ほどの実体(法体)を想定して、これらの実体は過去・未来・現在の三世にわたって変化することなく実在し続けるものであると説きます。未来世の法が現在にあらわれて、一瞬間我々に認識され、すぐに過去に去っていくために、我々がそれらを経験・認識できるのは現在の一瞬間でり、このように瞬間ごとに異なった法を経験することを「諸行無常」としています。この教えが釈迦の説いた無我に反するとして他の部派から非難されます。

2)業

極端な善悪の行為をなしたときにのみ、人間の身体に一生の間その影響を与えつづける無表色というものが生ずると主張しています。それまでの仏教は業を心理的なものとしてとらえていますが、説一切有部はこれを実体のあるものとして説明します。また人間の苦の直接の原因をこの業とし、この業の原因を煩悩であるとしています。この煩悩から業、そして苦への連鎖を「業感縁起」といいます。煩悩を滅するために細かく分類し、その数は百八にも及びました。除夜の鐘を百八回突くのは、この数に依ります。すべての煩悩を断じた修行者は阿羅漢と呼ばれます。

3)涅槃

涅槃を説一切有部は二つに区別しました。まだ肉体が存する阿羅漢の境地は肉体的苦があるので不完全とみなし「有余依涅槃」とし、阿羅漢の死後を完全な涅槃とみて「無余依涅槃」とします。また、阿羅漢を最高位とし仏になることを目指す必要は特にないと考えていました。大乗仏教が「小乗仏教」と誹謗したのはこれが原因となっています。

2、経量部


 説一切有部から分派しました。説一切有部が論(アビダルマ)を重んじたのに対して、経典を重んじて基準(量)としたので、「経量」部と呼ばれます。親鸞聖人が七高僧の一人に挙げる天親菩薩はこの経量部に所属していたと考えられています。

3、分別説部


 上座部の一派で、スリランカを経由して東南アジアに広がっている南伝仏教の源流です。

4、説仮部


 大衆部の一派です。大乗仏教で説かれる「真俗二諦」説はこの派から継承されているとされ、大乗仏教の母体の一つと考えられています。七高僧の一人である龍樹菩薩に影響を与えたと言われています。

5、多聞部


 大衆部の一派です。説仮部とともに大乗仏教の源流の一つと考えられています。この部派の論文である『成実論』から、後に成実宗という宗が生まれます。 唐代仏教十派の一つに数えられ、日本では南都六宗の一つになっています。

6、説出世部


 大衆部の一派です。この派の文献『マハーヴァストゥ』は浄土真宗が最も重視する『仏説無量寿経』の原典とされています。仏の生涯に対する記述や、初期仏教にはない菩薩から仏にいたる段階、無数の浄土の存在、空の思想、大乗仏典と強く類似する仏性についての説明などがあります。また来世の仏陀である弥勒菩薩も説かれており、部派仏教から大乗仏教への流れは説一切有部に対する批判とともに、確実に動き出していました。






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