|インド仏教史|仏教入門講座
インド仏教史4
仏教以外の宗教 ― 六師外道 2 -
- 2013年12月17日

1.マッカリ・ゴーサーラ


アージーヴィカ教の祖で、運命決定論者です。一時期はバラモン教やジャイナ教、仏教などと並ぶインドを代表する宗教でした。もともとは、ジャイナ教の祖であるマハーヴィーラの弟子であったとも言われます。仏教やジャイナ教から最も危険視されていた教えで、釈迦は彼を最も危険で下等な教えを説く者であると断じています。
ゴーサーラは、生けるものを構成している要素として、霊魂、地、水、火、風、虚空、得、失、苦、楽、生、死の十二種類を掲げます。霊魂もまた物体と同様に把握され、すべての動植物にもそれぞれ霊魂が存すると主張しています。さらに、万物は宇宙を支配する原理であるニヤティ(宿命)によって定められおり「人間の努力は無駄である」という宿命論を説きました。おなじ行為を行っても結果が異なるのは宿命によるものであり変えることはできないとうものです。業それ自体にも善悪はなく、それに対する報いもまた存在しません。輪廻転生も宿命によるものであるとして、バラモン教の思想を否定しました。
アージーヴィカ教徒にとっての解脱とは「転がされた糸玉がすっかり解け終わる」と比喩されるように、心、ことば、身体によるすべての行為が消滅することでした。そのために、半年にわたって飲食を減らしていき最後は死に至る苦行を行いました。一見宿命論とは矛盾しているようですが、苦行によって宿命を安らかに受け入れる境地をめざしていたものではないかと推定されています。出家者には苦行と放浪が義務づけられ、その多くは宿命を読む占星術師や占い師として活躍したようです。彼らは裸で遊行・乞食して、その多くは餓死によって生涯を終えました。アージーヴィカ教は、インド大陸のほぼ全域を統一したマウリヤ朝のアショーカ王とその後裔にあたるダシャラタ王の時代に保護されて栄えますが、その後しだいに勢力は衰え、主としてジャイナ教に吸収されていきます。十三世紀頃までは南インドのタミル人を中心に信奉されていたことが知られていますが、現在信徒はいないとおもわれます。宗教としては消えてしまいましたが、インド占星術などの占いとして世界に広がっています。

2.サンジャヤ・ベーラッティプッタ


霊魂の存在、来世の存在、善悪の行為の報いのなどの問いに対するすべての答えに疑いを持ち判断を中止するという思想で「懐疑論」といわれます。たとえば、「来世があるのか」という問いに対し「あるとは考えない、来世があるとも、それとは異なるとも、そうではないとも、また、そうではないのではないとも考えない」というものです。仏典によると、彼には多くの弟子がいましたが、その高弟である舎利弗と目連が二百五十人の弟子とともに釈迦に帰依してしまいました。この時、舎利弗と目連は彼にも釈迦の弟子になることを勧めましたがこれを退けたといいます。しかし二人が弟子衆を引き連れて仏に帰依するのを見て憤激のあまり血を吐いたと伝えられます。

3.マハーヴィーラ


 今でもインドに四百五十万人程の信徒がいると言われているジャイナ教の祖です。ジャイナ教とは「ジナ(勝利者)の教え」という意味です。マハーヴィーラは釈迦と同様に、言語によって真理を表現しようと試みます。しかし一方で、真理は様々な言葉で言い表すことができるとして、断定的な表現はせず相対的に考えることを教えました。これがジャイナ教の相対主義です。例えば「これである」「これではない」とは言わず「ある点からすると」などというように、常に状況に合わせた形で答えるということです。この相対主義の思想によって「仏教」の無我論などと対抗しました。
様々な戒律の中でも特に殺生を強く禁じています。そこで多くのジャイナ教徒は殺生に関わらなくても生活できる商業関係の仕事に就いています。仏教でも不殺生を説きますが、ジャイナ教は動物や植物はもちろん、地・水・火・風・大気にまで霊魂(ジーヴァ)の存在を認めています。空気中の小さな生物も吸い込んで殺さないように白い小さな布きれで口を覆い、座る前には虫を踏まないように箒でその場を払ってから座ります。食べるものも、ジャイナ教の生物の分類学上できる限り下等なものを摂取することになっています。例えば、球根類は植物の殺生に繋がるため上等な部類に入るので口にはしませんが、葉は採っても枯れない位程度なら構わない、という具合です。それでも何も食べないことが理想的であるので、断食によって死にいたることが修行を終えたジャイナ出家者・信者のみに許された最高の死に方であるとされています。自衛のための殺生も禁止されており、動物に襲われても、戦争に巻き込まれても決して相手を傷つけることは許されません。
また無所有も仏教に通じる戒律ですがより厳格です。現在ジャイナ教は多くの派に分裂していますが、大きく白衣派と裸形派に分けることができます。裸形派とは、なにも所有してはいけないというので、一切の着衣を身につけることを禁じている派です。これに対して白衣派は無地の着衣の身を認めている派です。裸形派は托鉢するための鉢さえ持つことを禁じています。この為に、女性は解脱できません。
裸形托鉢教団であったアージーヴィカ教とは教義の内容は違っても、修行に共通点が多いためジャイナ教よって吸収されていったと思われます。(以上)






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